【ミキシング基礎】リバーブとセンドリターン
私たちが部屋やホールで演奏を聴いている時、その場所の壁や天井で作り出される反響・残響を空気感として感じています。DTMでこの残響を付加して空気感を再現するのはリバーブの役目です。今回は反響・残響についての説明とリバーブの使い方を解説します。
反響と残響
突然ですが、「反響と残響の違いは?」と聞かれてパッと思い浮かぶでしょうか?
エフェクターで言うと反響に相当する効果を付加するのがディレイで、残響に相当するのがリバーブです。
反響とは山びこの様に元の音に続いて反射した音が繰り返される事です。では、残響ってなんでしょうか?反響とどう違うのでしょうか?
残響とは連続した一連の反響と、その散乱による音の余韻です。つまり残響は幾つかの反響がぼやけて、1つのぼんやりした音のかたまりになったモノです。
無響室等の特殊な環境でない限り、普通は何か音を聞いた時に直接音と残響の両方を聞 いています。当然ながら楽器の音でもそうで、楽器の音のイメージには、楽器そのもの音に残響が付加されています。つまりDTMでも楽器のプラグインにリバーブのエフェクトを付加して調整した音がより自然なイメージに近い音だという考え方も出来ます。
以下の項目では、その残響の構造について、簡単に説明します。一般的なリバーブのパラメーターもそういった残響の構造に沿った設定になっているので理解しておくと調整が楽に出来ます。
初期反射と後期残響
上の図は部屋の中で楽器やスピーカー等の音源から出る音をリスナーが聞いている図だと思って下さい。
音源から出た音は、まず、青い矢印で示した直接音としてリスナーに届きます。次に少しだけ遅れて赤い矢印で示した、1回壁に当たって反射してきた音が届きます。この赤い矢印の音を初期反射と言います。
単純に考えれば、例えば普通の四角い部屋(直方体)の場合、初期反射は天井・床・四方の壁のどれかに1回反射して届きますので6つの音になります。
実際には部屋の中に何かあったりするともう少し複雑になります。それに図の様に直線的な反射だけでなく壁の微妙な凸凹で乱反射の様になる「散乱」もあります。
この散乱の影響でボヤけた感じにはなりますが、初期反射は概ね山びこの様に元の音の繰り返しに近い音として聞こえます。
初期反射に続いて、リスナーの耳には緑の矢印で示した、2回以上反射した音が届きます。
初期反射は四角い部屋だと単純に考えて6つ、と書きましたが2回以上の反射は同じ様に考えても多数の経路がありますので少しづつずれた多数の反響が重なります。更に散乱によって複雑に絡み合いますので、1個づつの反射は区別できず、つながった1つの響きとして聞こえます。これを後期残響と言います。
一般に残響というのはこの初期反射と後期残響を合わせたモノを指し、エフェクターのリバーブはそれを再現します。
環境の違い
言うまでもなく残響は、自宅の小さな部屋と大きなホールとでは全然違います。残響の
違いが生じる主な要素は「部屋の大きさ」と「壁の材質」です。
まず部屋の大きさから考えてみます。図の部屋が大きくなった状態を想像してみて下さい。すると全ての時間が同じ比率で長くなリますので、直接音と初期反射の時間差も残響時間も部屋の大きさの比率と同じ比率で長くなる筈です。つまり反響の返り方が遅くなる訳です
次に壁の材質について。壁の材質によって残響に変化が出るのは吸音、つまり反射せずに吸収されてしまう音が有るからです。
吸音率、音を反射せずに吸収する比率が高いと当然残響時間も短くなります。また、吸収されやすいのは、一般に高域成分ですが、材質によって、正確にはどの周波数成分が吸収されやすいかも違います。
残響と距離感
前回の記事でもちらっと触れましたが、残響によって音の距離感も変わってきます。
一般に、遠くから聞こえてくる音なのか、近くから聞こえてくる音なのかは、音の大きさ・残響音の比率・周波数成分によって判別されます。
音の大きさについては特に説明の必要もないかと思います。残響音の比率というのは、直接音の大きさに対して残響音が小さければ近く、大きければ、遠く感じられます。
また、空気の層で高域成分が吸収減衰するので、距離が遠いと高域成分が抑えられます。
センドリターン
曲をいくつかの楽器で演奏しているのを聞く場合、当然同じ部屋の中で全ての楽器が鳴っているので、リスナーからの距離の違いで残響音の比率は変わっても、基本的には同じ様な残響が全ての楽器に付加されています。
ですからDTMでリバーブを使って残響を付加する時も基本的には同じ設定のリバーブを全ての楽器にかける事で全体の統一感を演出することが出来ます。
この場合一般的に、各トラックにリバーブを挿入するのではなく、別にリバーブを挿したトラックを作り、各楽器のトラックからリバーブのトラックに音を送るという形で同じリバーブを共有します。こういったやり方をセンドリターンと言います。
センドリターンにする事によって、CPUの負荷を低減出来る、リバーブを通した音だけに更に別のエフェクターが掛けられる、等のメリットがあります。
センドリターンの設定方法を、当ブログでおすすめしているPodium freeとTracktionの両DAWの例で説明します。
Podium freeのセンドリターン設定方法
リバーブを掛ける楽器トラックのどれでも良いので、トラックヘッダーの「+」をクリックし、メニューから「buses」>「send1」を選択します。
send1を最初に設定した時には上の様なアラートウィンドウが出ます。yesを選択するとリターントラックが自動的に作られます。
ちなみに「send1に対応するリターンチャンネルが有りません。作りますか?」という感じの意味です。
同じリバーブに送る他の楽器トラックも同様にsend1を設定します。
これでセンドリターンが設定できましたので、リターントラックにリバーブを挿して、各トラックのsendスライダー(下の画像の赤丸)でリバーブに送る割合を調整します。
Tracktionのセンドリターン設定方法
Tracktionの場合は空いているトラック(無ければトラックヘッダーの辺りを右クリックして作ります)のボリュームコントロールやメーターの並んでいる1番左にプラグインジェネレーターをドラッグして「Traction plugin」>「AUX Return」を選択します。
リバーブを掛ける楽器のトラックのメーターの(エフェクターを挿入しているならエフェクターの)右にプラグインジェネレーターをドラッグして「Traction plugin」>「AUX Send」を選択します。
同じリバーブに送る他の楽器トラックも同様にsend1を設定します。
これでセンドリターンが設定できましたので、リターントラックにリバーブを挿して、sendのスライダーで送る割合を調整します。
プラグインの処理順について
挿入されているプラグインは、Podium freeは下から上、Tracktionは左から右の順に処理されます。センドに関してもこれは同じです。
リバーブの場合、通常は全てのエフェクターを掛けてから送りますが、もしセンドトラックだけに掛けたいエフェクターが有る場合はsendよりも、Podium freeなら上、Tractionなら右に、ドラッグして持ってきます。
リバーブの使い方
リバーブを使う目的には、説明してきた様な残響を付加して全体の統一感をもたせ奥行きを演出する事以外にも単独のトラックに効果としてのリバーブをかける事もあります。
単独トラックの効果としてリバーブについては後で説明します。
空間演出の為のリバーブは先に書いた様にセンドリターンで使いますが、もう少し凝った使い方をするなら、複数のセンドリターンを使い、部屋の大きさが違う等のリバーブを設定する方法もあります。各楽器毎にそれぞれのリバーブに送る割合を調整して細かな奥行き感の違いを演出する訳です。
リバーブの調整
画像は以前VSTプラグインの紹介記事で取り上げたoril riverです。一応これで調整方法を説明しますが、主要なパラメーターは他のプラグインでも同じだと思います。
実際の調整はプリセットから選んで、必要なパラメーターを調整する、というやり方で良いと思います。以下でパラメーターを説明します。
左端に「DRY」と表示されたスライダーが有ります。これはエフェクトの掛かっていない原音を指します。
センドリターンで使う場合はエフェクトのトラックでは原音は出さないので、スライドバーを0一番下まで下げるか、「DRY」の文字をクリックして原音を消しておきます。
右端に「WET」「REVERB」「E.R.」の3つのスライダーが有ります。「Wet」はDryの逆でエフェクトで付加される残響音の全体を指します。センドリターンで使う場合は全体のボリュームという事になります。
「Reverb」と「E.R.」は先に説明した初期反射がE.R.で後期残響がReverbです。2つのスライダーで両者の音量バランスを調整します。
「E.R. VARIATION」と「REVERB VARIATION」は基本となる残響のバリエーションを選択します。ここで選んだ残響のタイプを基本として、そこから各パラメーターで変化させます。
oril riverでは初期反響と後期残響のそれぞれで選択する様になってますが、他のプラグインでは両方を合わせた残響タイプ(スタジオ、ラージホール、チャーチ等)を選択するモノが多いと思います。
「DECAY TIME」残響時間の調整ですが、残響時間を長くするというのは減衰を小さくするので、残響を強くするという事でもあります。
「PRE DELAY」は原音から初期反射までの時間を調整します。部屋が大きくなると残響時間と伴に長くなりますが、ここでは初期反射までの時間のみ調整します。
その下の「WIDTH」はステレオの左右の広がりを調整します。リバーブをかける目的の一つは響き広がりを付加することですが、まぁ適度に調整して下さい。
「ROOM SIZE」は部屋の大きさを調整します。大きくすると残響の返りが遅くなります。
「DIFFUSION」については実は私もよく分かっていません。単語自体の意味は「拡散」なので反射時の散乱する度合いの調整なのかな?と思っているのですが。
「DAMP INT」と「H DAMP」は高周波成分が壁等に吸収されるのを再現しますが、高周波を抑えるローパスフィルターみたいなモノとして調整すれば良いかと思います。H DAMPで設定周波数を、DAMP INTで抑える度合いを調整します。
その右の「GAIN」「SHELF」はローシェルフ・ピーク・ハイシェルフの3バンドEQです。SHELFで設定周波数を、GAINでゲインのプラスマイナスを調整します。
調整は単に残響の音色の調整としてすれば良いです。
EQが付属しているリバーブプラグインは多いですが、もし付いてなくても残響の音をEQで調整するのは有効性が高いのでリバーブのトラックにEQを指して調整するのをおすすめします。
プレートリバーブ
昔、箱の中に金属の板を並べて残響音を作り出すプレートリバーブという装置があったのだそうで、現在プレートリバーブと呼ばれるリバーブプラグインはその音を再現するプラグインです。主にヴォーカルや楽器の音色を変えるエフェクトの一種として使われます。以前VSTプラグインの紹介記事で取り上げたプラグインでいうと「TAL RibarbⅡ」がそうです。
この場合はエフェクトをかけたいトラックに直接挿入して使っても良いです。例えばボーカルにもう少し余韻のふくらみが欲しいと思っても空間系リバーブを強く掛けると奥へ行ってしまうので、プレートリバーブで音色として余韻の響きを作り、その上で更に他のトラック同様に、空間系リバーブをセンドリターンで掛けます。
パラメーターは空間系リバーブと共通ですが、調整は単純に音色の印象を改良するつもりで行えば良いです。
最後に
ほとんどの方はDTM作業中はヘッドホンで音を聞いていると思います。ヘッドホンの場合特にそうなりやすいのですが、初めて空間系リバーブの調整をする時リバーブを掛けた音が好ましく思えてつい掛けすぎてしまう事がよくあります。慣れるまではリバーブの調整は控えめを心掛け、スピーカー等違う環境でもチェックしてみるのをお勧めします。